31 思ったことは実現する 4
稲盛和夫氏は立派な方である。まさに仏様のような方である。事業を成功させることを得得と説いてはおられるが、その目的はあくまでも人類の福祉であり、個人が金儲けするというような成功哲学ではない。稲盛氏の思想の根底には「動機善なりや?私心なかりしか?」という言葉が横たわっているのだが、常人がこの境地に達するのは極めて困難である。ナポレオン ヒルとか、無能唱元の説く成功哲学とは一線を画している。私心のためにやるのではない、公共のためにやるのだ、とおっしゃっているのである。これは仏の境地である。事実、稲盛氏は臨済宗の僧侶として得度しておられる。稲盛氏の迫力をもってすれば、実業が成功しないはずはないと思う。京セラの成功はご自分の作られた会社であるから当然のこととしても、KDDIの成功、また日本航空の再建ができた、などは極めて当然のことのように思える。稲盛氏の説く成功哲学の最大の欠点は何か?それは常人には到底真似ができないという点である。もっともっと人生修業を積んで、稲盛氏いう通りにしたら、日本はどれほど良い国になるか知れない。我々はもっともっと精進しなければならない。稲盛氏の本は、誰もが一度は読むべきであろう。今は実行できなくとも、人間修業を積んで、積んだ暁には必ずこうなろうという理想像をつくるうえでは、最も優れた本ではないかと思う。なんなる金儲けの成功を思っている人には、読む資格はない。
最後に筆者の考え方を少しだけ述べよう。筆者は、今述べた三方とは全く違って、基本を天命ということにおいている。人生では成功しても成功しなくてもよい。儲かっても儲からなくてもよい。幸せになる必要はない。天命として、やらねばならぬことをただやるだけである。死ぬときは天が帰ってこいと言ってくれるであろう。
不思議なことなのであるが、そう覚悟を決めて日々を送ると、天はなんとなく自分を守ってくださっているように感じるのである。まずいことが起こった時は「はい、反省しなさい」と言われているような感じである。
筆者はまだまだ道に志したばかりなのだが、ナポレオン ヒルの成功哲学も、無能唱元の阿頼耶識も、水野南北の節食開運も結局は天命という大きなものの中で実現していることのように感じる。稲盛和夫氏の言うように、私心なく強い意志を発揮した時は、表面的成功はもちろんのことであるが、ヴィクトール フランクル博士が述べたごとく、「何ものかに自分を捧げた時、本当の幸せが来る」という具合に天命が働き、そこに本当の自分の幸せというものが実現していくのだという気がする。
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