⑮ 医師の虚無感
更新日:10月14日
医師をやっていて、忙しすぎる時など虚無感に襲われることもある。医師はいかなる事情があっても、目の前に病人がいたらそれは診なければならない。これが最低のルールだ。これに違反することは許されない。いかなる事情があっても、だ。これは一般の人が考えている以上に厳しい。以下は架空の話である。
ある時、血だらけになった瀕死の人が搬入されてきた。どこから出血しているのかわからない。ショックの一歩手前だ。一瞬でも早く手術して止血しなければ命は助からない。うまいことに偶然が重なって、ギリギリで間に合い、命を助けることができた。そして元気になって退院した。ここまではよい。その後が良くない。その男は稀代の殺人鬼だった。世の中に出て、闇から闇へ何人もの無辜の人が殺され続けた。金品を強奪されていった。あの時、偶然が重ならなければ手術ができずにこの男の命は助からなかったろう。そうすれば何人もの無辜の人達は、今頃家族に囲まれて幸せな生活を送っていたに違いない。もちろんこれは想像の世界であり、現実の世界ではない。でも仮に運ばれた者が殺人鬼であったということが事前にわかっていたとしても、手術をして命を助けねばならないのが医師の倫理である。殺人者の命と、その社会での行動とは関係がない。関係させてはいけないというのが医師の倫理なのだ。想像するだけでなんとなく暗鬱な気分にもなってくるが、医師にはこんな葛藤もあるということをちょっと言ってみただけである。
癌、心臓病、脳卒中の治療の進歩は著しい。数多くの研究者、医師たちの方々がその疾病の撲滅に日々努力しておられることには敬意を表する。どんどん推進していただきたいものである。
比較的若い方の臨終に立ち会うことは日常的によくある。ああ、この人が脳卒中を起こさなければもう少し生きられたのにと思う。そこに虚無感が襲ってくることがある。この人はもし脳卒中を起こさなかったら後何年ぐらい生きられたのだろう?いい人生なのだろうか?苦しみを長引かせるだけの人生なのであろうか?。まあそれはどうでもよいことなのだが、どうあがいても、120歳までは生きないであろう。健康寿命だって平均 74歳ぐらいだから、もし生きたとしても人の助けが必要になって、人に引け目を感じる人生だったかもしれない。どんな病気であっても、この 74歳 、120歳という限界の線は変わらないだろう。もし将来、癌、脳卒中、心臓病がすべて克服されてしまったとしたらどうなるんだろう。それでも74歳、 120歳という話はあまり変わらないだろう。とすれば死亡診断書の診断名の順位が変わるだけではないか?筆者は冒頭に挙げた研究者、医師の方々を揶揄しているつもりではない。尊い活動なのだ。ただ、その時ふっと人生というものを考える。そこではっとさせられる。死からは逃れられない。死は認めて、一応置いておいて、ただ現在をよく生きるということが優先順位の第一位なんじゃないかと思う。
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