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⑯ 寄付文化

kei1239fujiwara
10月11日
読了時間: 4分

更新日:10月14日

 日本人は寄付をしないということがよく言われている。それに対して、他の諸外国、例えばアメリカでは、富の社会への還元という形で多くの人が寄付を行っている。日本の個人寄付総額は1兆 2200億円、アメリカはそれに対して34兆 6000億円。世界的に見ても。日本人で寄付をする人々はかなり低い水準にとどまっている。日本人は公共心が廃れている。もっと自分の金を寄付できるようにならなければ、と考える方が大半であろう。でもそうかといって自分は出さない。一般論としてね、ということである。日本人の寄付が少ないということは、本当に悪く、もっともっと改善しなければならないのであろうか?筆者はかなりのへそ曲がりであるから、この点に関していろいろ述べてみたい。

 まず、日本人の気質というものから始めなければならない。日本人は、とても従順であり、おとなしい。どんなに貧乏であっても、民衆は金のために暴動は起こさない。これは太古の昔からそうなっている。御上がいて、その命令には従順に従う。御上は御上で自分を捨ててでも民のためを考える。そんなのは理想論だなどというなかれ。江戸時代はそういう時代であったのである。明治時代に入って中央集権化が進んでも、やはり民衆にとっては御上は御上である。御上を信頼しているというより、すべてに対して御上に対しての信頼と従順ということは裏腹になっている。何かあったら御上にやってもらおう。そのしわ寄せが来ても従順に受け入れましょう、である。諸外国では抗議だらけになる。これは現代の日本人の心の中にも根底に横たわっている。

 日本人は、仲間内に関しては何かと自分を削ってでもやってあげようという空気がある。それは昔から肌に住み着いた習性でもあり、仲間内に入らない限りは無関心だ。ひどい場合は村八分となる。しかしひとたび仲間になると、その空気の中に溶け込み、面倒見がよくなる。つまり他人に対しては冷淡、身内に対しては温情。これはいろいろ見てみると納得していただけるであろう。だから見も知らぬ人に対して何かの援助するなんてまっぴら。仲間内だったらいくらでも援助するがというわけである。

 寄付に関しては、慈善団体というものができているが、多くの日本人にとってそれは自分の仲間ではない。だから、それについてはかなり懐疑的になる。本当に社会のために使っているの?私腹を肥やしてはいないの?というわけである。また社会のために使っているというけど、みんなに平等に配っているの?特定のところに集中して恩恵を施しているんじゃないの?という具合になる。さてこの御上が絶対で、その命令にはすべて従い、すべての大きなことは御上にお任せと、いう考えと、仲間のうちでなければ助け合いはないという考えが合併するとどうなるか?知らない人に寄付するなんてとんでもない、自分らがお金を出し合って社会に還元しようなんてとんでもない、それは御上の仕事でしょ。こうなると当然寄付をする人は極端に少なくなってしまう。でもこれは日本人の習性なのだから致し方ない。

 では寄付をすることはそんなに良いことなのか?諸外国では、宗教的理由で寄付を強請されているということが多いと聞く。アメリカを例に取ろう。第一に、アメリカでは単なる善意とか美徳のために寄付しているのではない。アメリカでは高い相続税があり、寄付をするとその分が免税になるのである。そして、第二に、小さな政府は頼りにならないのだから、自分らででできることは寄付を募って、自分らでやろうという風潮である。仲間であっても仲間でなくてもだ。第三に、個人の価値観を社会に反映させたい、という三つのことが寄付の動機になっている。

 あなたが1000億円持っていて身寄りはあってもなくてもよいとしよう。さてその 1000億円はどういう使い方をされるだろう?あなたの意志で1000億円をどこかの団体に寄付したら税金は免除される。(ただし寄付先には但し書きがつく)。もし寄付をせず、あなたが死んだらその1000億円は相続税を経て国庫に入る。その国庫に入った金が巡り巡ってその団体に入っていたとしたら、結果は同じことになるのではないか。相続で何人かに分割されて相続されたとして、個人がそんなに全部使えるはずはない。そうすると相続を繰り返していくことによって、相続税としてすべてが国に入っていくことになる。よく考えると、国というのは最も安心できる非営利団体ではないか?お分かりであろう。寄付というのは「個人」の意志、あくまでも個人を出発とする西洋流の考え方であり、国庫に入れるというのは御上に任せるという日本人の気質によるということを。結論的には日本人であれば寄付をする必要はあまりないと思う。大きなことは御上任せなのだから。だからこそ政治家には民のことを心底考えてくれるような人を選ばなければならないのだ。政府は仲間でないけれど安心して自分を任せられる身内であるから。そこにたとえ税金と言う形で自分の金を託して、何が悪いのというのであろうか。国庫の金は全て平等に社会にばらまかれているのであるから。

 
 
 

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