⑱ 無気力な人々 1
更新日:10月14日
インターネットのブログを見ると、世の中に無気力の風潮があるという。特に若い人たちに著しく、仕事に生きがいを感じていない人が70%、一生懸命に仕事に取り組んでいる人たちはわずか6%に過ぎないというブログもあった。現在では大きな社会問題であるらしく、いろいろな方々がその原因、それに対する対処法を説いておられる。どれを見てもなるほどそうとも考えられるというものばかりで、筆者がそれにいちいちいちゃもんをつける筋合いはなく、みな一理ある論調ばかりである。この記事では、では筆者はどう考えるのかということを述べてみたい。色々な方が統計を取っておられて、ほぼ同様な資料となっているらしいので、世の中の若者が確かに無気力になっているというのは確かなことのようだ。
まず筆者のスタンスをはっきりさせておく。このブログで最初からずっと述べていることなので、もうすでに耳にタコのできている方もいると思うが、まず筆者は神を信じ、天命を信じている。人間の人生というのは天命の命ずるままに、今やらねばならぬ事を一生懸命やるだけでよい。実はこれだけなのだが、その目的とするところは、仕事を通じての人間の鍛錬、立派な人間になることである。立派な人間というのは勤勉、正直、親切、誠実、忍耐、克巳、感謝、報恩を磨いて日々努力する人のことを言う。もちろん、楽しさ、自分の幸せを追求し、効率の良いことをを旨とする、科学的な現代の志向とは相容れないことは百も承知である。さて上のようなスタンスで無気力さを考えてみたい。
諸氏の述べておられるごとく、周りの環境というのは大きな影響があると思う。この30年の間、政府の舵取りが逆であったため、デフレを脱却できず、自分がやっても昇進もできないし、リストラもあり得るなどと考え、気力を失ってきたことは事実であろう。また若者の父母の世代というのは団塊の世代のすぐ後、熱気に満ちた学園紛争が収まった世代で、親も事なかれ主義、その中でなに不自由なく育てられて世間の荒波等を知らず、ただ楽しいこと楽なことを追い求めてきた世代であるというのも頷ける。仕事はしたくない、でも金は欲しいという一派と、仕事が嫌ではないのだが、自分のキャリアにならないので、転職することを考えているが、転職しても収入が増えることもない、という無気力組もいる。すべてに共通していることは、収入にせよ、自分のキャリアの上昇にせよ、あるいは一歩進んで自分のやっていることが果たして世の中の役に立っているだろうかという疑問を持っているにせよ、あまりにも自分の考え、思いにとらわれすぎているような感じがするのである。
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